6-3制の小学校・中学校から,4-3-2区分の9年制義務教育学校へ

2020年度 新着情報アーカイブ - 7年生

今回の道徳は「頂を目指す」。来週の愛宕登山について,なぜ無言で登るのか,「無言登山」の意味について考えました。


~生徒の感想~
 無言登山っていうのが最初はすごくイヤで,「せっかく山に登るのだし,楽しく登りたい」と思っていたのだけれど,その意味を考えると,これだけの人がいるのだし,しゃべっていたらかなりうるさいし,ケガもしやすくなるし,いけないなと気づきました。だからといって山が楽しくなくなるわけじゃないので,楽しみつつがんばって登りたいです。
 登山は予想以上に危険がたくさんあることが分かった。その危険を減らすために先生に言われたことを守ったり,自分の服装を考えて登ったりすることが大切だと思った。私はネガティブになりがちだから登山の時はネガティブにならずケガなく登り切りたい。
 登山グッズの意味,少し疑問があった「無言登山」の理由が知れたので今回の登山で僕はしっかりとみんなと一緒に登りきるということを目標にして,今年も来年も挑みたいです。



 自然は危険なものだと分かった。道具などはどんなものでもいいのかなと思っていたけど,そうではないと思った。今回の登山は無言登山で面白くないなと思っていたけど,それは自らの命のためだと分かった。愛宕山だから,簡単だから,しゃべってもいいと思っていたけど,しゃべっていると重要な指示を聞き逃してしまうかもしれないのでしっかり集中して登りたいなと思う。そして8年では蓼科に登るので,今回は蓼科に登るための経験という意味で愛宕山に登りたい。
 なぜ無言で登るかを考えたときに,落石の音に気付くためと言われ,音で危険を察知することもできるよなと共感した。無言で登るのはつまらないかもしれないけど,それも命を守るためだと思ってがんばって登りたい。
 なぜ山の準備がいるのかは分かったけど,なぜ無言で登らなければならないのかは先生が勝手に決めて先生たちが楽をするためだと思っていた。だけど今回の授業を受けて,私たち生徒のためであると知り,生徒にとっては正直すごくしゃべりたいけど,がまんしようと思った。また山に登るということは,私にとってはなんでわざわざそんなことをするのだろうと本当に不思議だけど,山を登り切った気持ちを想像すると,少しだけ登る人の気持ちがわかるような気がした。


今日感じたことを胸に愛宕山を登りましょう。そして,来年の蓼科へつなげていきましょう。